暴走大臣田中真紀子大学不認可騒動とその論理の考察

ひろかず

2012年11月09日 23:58



田中真紀子文部科学相(68)は来春開学を目指す秋田公立美術大(秋田市)など3大学に対する「不認可」について「現行制度にのっとり適切に対応する」と語り、判断を覆して一転、新設を認める考えを表明しました。発言を二転三転させた末に、3大学について「いい宣伝になったのでは」と、問題発言まで残しました。
石原氏を「暴走老人」と呼んだあげく、本人が暴走大臣になったことは、笑えますね。
今年の流行語大賞は、「暴走」でしょうか。

前出記事:石原氏は暴走老人?

田中氏の論理について改めて考えてみましょう。
「全国に大学は約800あるが、質が低下している。量より質が重要だ」と強調しましたが、大学が沢山あって、学生が勉強できる機会があることは、いいことではないでしょうか。しかも、首都圏まで上京し一人暮らししなくても、地方にできれば家から通えて経済的にも嬉しいはなしです。大学の質よりは、学生の質が大事です。
大学も多くなると、学力の低い生徒でもその気があれば、大学に誰でも入れる時代になりました。ただし、一流大学でさえも、就職難の時代です。大卒だからといって最終学歴が高卒の人よりも優秀というわけではないのです。これからは、技能と愛嬌、コミュニケーション力、考える力、自主性、能動性、協調性がある人が企業でも優遇される実力主義の時代です。
これは、大学が多くなったからこそ、人間の選択の自由が尊重され、また厳しい時代になったともいえるでしょう。
大学も生徒数が少なくなるので、自然に淘汰されるので、文科相が認可を抑えて邪魔するよりは、自由に乱立させて、大学間の競争をさせたほうが、質は上がるのではないかと思います。
教授3流、校舎2流、学生1流、なんていうお目出度い大学は、今後将来がありません。教授たちも、象牙の塔から出て、実社会に役立つ学問を自ら、研究し、生徒をリードしていく、素晴らしい時代となりました。
日本人は、とかく島国根性で、自国の利益に固執し、この島は俺たちのものだとかこだわってみたりしがちです。もちろん、自国を守るということは、大事ですが、まずは世界が平和でないと自国も守れません。国際感覚豊かな、地球人を育てる大学の成長を心から望みます。



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